刀剣のすべて金梨子地楓紋蒔絵螺鈿鞘細太刀拵 室町時代

日本刀の研磨
 日本刀の研磨、すなわち研ぎは、日本刀の完成とあいまって高度な進展をとげてきました。文献上では、10世紀に編まれた『延喜式』巻四九にその記述があります。こののち後鳥羽上皇の時代には専門の研ぎ師の存在が確認され、その後試行錯誤を繰り返し、研磨技術に磨きがかけられました。そして明治になると、名人とうたわれた本阿弥平十郎成重が現れ、長く高度な伝統技術にさらに美的感覚が加味され、今日見る美術刀剣研磨の技法が確立されました。

 研磨の仕事は、日本刀がもつ独特の曲線美、鍛えぬかれた地鉄(じがね)、そして華麗な刃文、これらの美しさを発揮し、日本刀がもつ優雅さと尊厳を導き出すところにあります。


1 下地研(したじと)ぎ


 日本刀の研磨は大きく分けると、下地研ぎと仕上研(しあげと)ぎとに分けることができます。

下地研ぎとは、刀剣の姿や形を整える基本的な仕事で、普通は6種類の砥石が用いられます。それらの砥石の種類を目の荒い順から並べると、次のようになります。
  砥石の種類イメージ
※クリックすると画像が大きくなります。

伊予砥(いよど):愛媛県松山から産出。約400バン(「バン」は目の荒さを表します)
備水砥(びんすいど):熊本県天草から産出。約400バン
改正砥(かいせいど):山形県から産出。約600バン
名倉砥(なぐらど):愛知県南設楽郡(しだらぐん)より産出。約800バンから1200バン
細名倉砥(こまなぐらど):産出地、名倉と同じ。約1500バンから2000バン
内曇砥(うちぐもりど):内曇砥には刃の部分を研ぐ内曇刃砥(はと)と地の部分を研ぐ内曇地砥(じと)の2種類があり、ともに京都から産出し、約4000バンから6000バン。


2 仕上研ぎ


 下地研ぎが終わると、次に仕上研ぎに移ります。これには刃文の部分を研ぐ刃艶砥(はづやど)と地の部分を研ぐ地艶砥(じづやど)とがあり、刃艶砥は良質の内曇砥を薄く、小さく削り、裏に吉野紙を膠(にかわ)や漆(うるし)で裏打ちして用います。
 地艶砥は鳴滝砥を薄く割って用いますが、流派によっては指先でさらに1mm角に砕いて用い、これを砕(くだ)き地艶(じづや)と呼んでいます。
  仕上研ぎイメージ


3 拭(ぬぐ)い


 仕上研ぎが終わると、次に拭いの作業に移ります。拭いとは、刀身に光沢を与えるために行われるもので、普通は金肌拭(かなはだぬぐい)という方法が用いられます。これは、日本刀鍛錬のときにできる酸化鉄を長時間焼き、微粉末にしたものを丁子(ちょうじ)油と混ぜ、さらに吉野紙で十分こしたもので磨くという方法です。   拭いイメージ


4 刃取(はど)り


 次は刃取りです。刃取りとは、刃の部分を白く美しく仕上げる作業をいいます。これに用いる砥石は刃艶砥で、内曇砥の砥汁をつけて刃文の形にそって研磨します。この作業を「刃を拾う」とも表現します。   刃取りイメージ


5 磨き


 刃取りを終えると、次は磨きに移ります。磨きとは、刀の棟、鎬地を長さ15cmほどの細い丸い鉄製の棒で磨き上げることをいいます。黒い独特の光沢は、この作業によって生まれるものです。


6 なるめ


 ほぼ最終的な仕事と言えるものに、帽子の「なるめ」があります。なるめとは帽子を研磨することで、まず横手筋(よこてすじ)をきめる(=仕上げる)ことから始まります。横手筋がきまると、次に最も良質な刃艶砥がはられたナルメ台を用いて、横手筋をくずさないよう注意して帽子を研ぎ上げます。

なるめイメージ

帽子のなるめ

 

横手筋イメージ

横手筋を決める



7 化粧研ぎ



 長い工程を経てきた研磨は、最後に化粧研ぎをもって終了します。中でも「化粧磨き」は、いわば研師のサインとも言うべきもので、磨き棒で帽子の棟に数本の線を磨き入れることを言います。




 ここでは、日本刀ができるまでを、鍛錬、研磨について説明しました。しかし一口(ひとふり)の日本刀が完成するには、鞘師(さやし)、塗師(ぬりし)、柄巻師(つかまきし)、白金師、彫金師など、その道を極めた多くの職人の技術が必要となります。日本刀製作の大きな特徴は、これら全ての技術が結集して初めて一口の日本刀として完成するところにあると言えましょう。

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